日系企業が留意すべきシンガポール法上の「支配者」記録簿の作成と保存義務について

1.法改正によるController(「支配者」)の記録簿の整備義務の導入

平成29年3月31日の法改正により設けられたシンガポール会社法386条AG(2)(a)によって、シンガポールに登記された会社は、外国会社であっても、一定割合を超え当該会社の議決権保有割合を有する「株主」、または、その他の者であって当該会社の「支配者」と認められる者が存在する場合、合理的な調査を実施し、これらの者に関する法定の情報を取得し、変更の際には更新し、法定の書式を満たす「記録簿」として会社の登記住所地に整備しておくことが義務付けられました。なお、会社がかかる法令に違反した場合には、会社法に定める罰則(5,000ドルを超えない範囲での罰金)の対象となる可能性があります。(但し、特定の条件を満たした上場会社等、記録簿の整備義務が免除される場合はあります)。なお、記録簿は、公開されるものではなく、マネーロンダリング等の所定の理由に基づき当局から法律上開示を求められた場合のみ開示されることになります。

2.「支配者」とは

法令上調査すべき「支配者」とは、対象会社について直接間接に株式を保有していなくとも、これに相当する「相当の受益権」を有するか、または、組織の意思決定に関して25%以上の議決権を有すること等を通じて対象会社に対して「実質的な支配」を有する個人または法人を言います。具体的に「実質的な支配」を有する場合や「相当の受益権」を有する場合とは、以下の場合をいいます(会社法386条AB)。

(「実質的な支配」について)

個人または法人が会社または外国会社に対して実質的な支配を有する場合とは、当該個人または法人が、以下のいずれかに該当する場合です。

  1. 直接または間接的に、当該会社または外国会社の取締役、または、取締役会において多数議決権を有する者、または、全ての若しくはほぼ全ての決議事項に関して、右の者と同等の権限を持つ者について、これを選任し、または、解任する権限を持つことができる場合、
  2. 直接または間接的に、当該会社または外国会社の株主総会において議決すべき事項に関して25%を超える議決権を有する者、または、当該会社又は当該外国会社において右の者と同等の権限を持つ場合、または、
  3. 当該会社または外国会社に対して、重大な影響、あるいは、実質的支配権を及ぼすことが出来る権利を有するか、または、現実に当該権利を行使している場合。

(「相当の受益権」について)

「個人または法人が、当該会社または外国会社に対して、相当の受益権を有する場合」とは、以下のいずれかの場合に該当する場合です。

  1. 当該個人または法人のいずれかが、当該会社又は外国会社の持分の25%を超える持分を保有している場合、または、
  2. 以下の(i)(ii) の両方を>満たす場合。

(具体例)

A社の株主の構成として、30%を個人であるB、40%を法人であるC社、15%を個人であるD、15%を法人であるE社が保有していた場合、B、C社については株式保有割合からして実質的支配者といえます。また、C社の株式を100%Fが保有していれば、Fも実質的支配者といえます。さらにDが株式割合に関わらず、株主総会において、事実上意のままに決議させ得る立場にいる場合にはDも実質的支配者といえる場合があります。

次に、A社の取締役がB,D,Xである場合、それぞれ単独では取締役会における多数決の議決権を持つわけではありませんので、原則として実質的支配者に該当しません。ただし、例外的に、規定等によって単独で議決できるような状況にあるのであれば、実質的支配者に該当することも考えられます。例えば、Dが少数株主であっても、株主であることからして、現実に取締役会を意のままに操ることが出来る等の特殊な権限を持っているのであれば、役職に関係なく実質的支配者となることも考えられ、このような内部事情の有無を確認するのが通知の目的の一つともいえます。

また、シンガポール法上は代表取締役という制度は存在しないものの、A社が日本の会社でXが代表取締役であれば、日本法上は自己の名前で会社の法律行為が出来るという性質を考慮すれば、原則として実質的支配者と考えておくのがコンプライアンスの観点からは無難であると考えられます。

3.具体的な調査義務の履行について

(1) 法令上の調査義務の概要

会社法386条AG(2)によれば、会社法上記録すべき支配者に該当する者、合理的に判断して記録すべき支配者と解釈される者、及び本人が記録すべき支配者に該当せずとも、他にそのような支配者がいることを知っていると合理的に判断される者や、知っている可能性があると判断される者の全員に対して、当該会社または外国会社は、法定の質問事項を記載した通知を送ることが義務付けられています。通知の方式は、具体的には以下の通りです。

  1. 会社は、記録すべき支配者に該当する者、および支配者に該当する可能性のある者が誰かを合理的に判断し、それらの者に対して以下の質問を記載した通知を送らなければならない。

    1. 記録すべき支配者に該当するか。
    2. 通知の受領者が、合理的な根拠に基づき、他に記録すべき支配者に該当する者の情報を所持しているに違いないと考える者がいるか。またはそのような情報を所持している可能性がある者がいるか。該当する場合、そのような者に関する所定の情報。
    3. 当該支配者に関する所定の事項(個人については、氏名、住所、国籍、身分証番号、生年月日、支配者となった日付等。法人については、商号、法人の種類、設立の準拠法、会社設立国及び登記管轄官庁名、登記住所地、登記番号、設立日、支配者となった日付等)。
  2. 会社は、合理的な根拠に基づいて(その本人が支配者に該当しなくとも)記録すべき支配者に該当する者の情報を所持しているに違いないと判断する者や、そのような情報を所持している可能性があると考えうる者に対しても、以下の質問を記載した通知を送らなければならない。

    1. 他に「記録すべき支配者」に該当する者を知っているか。該当する場合、その支配者を特定するための所定の事項。他に記録すべき支配者に関する情報を保有している可能性がある者を知っているか。該当する場合、そのような情報の保有者を特定するための情報。
    2. 該当する場合、所定の事項(上記①(c)に相当)。

上記2.で記載した例において、仮に上記の事実関係が既に判明している場合には、初回の通知としては、A社の25%以上の株主であるB,C社、C社を支配しているF、事実上の株主総会を支配できるD、(代表)取締役であるX,Y,Zは最低限として、もし会社が他にも支配者となる可能性がある者が存在すると考える場合、その者に対しても通知を送付します。その後、各人の回答を踏まえ、新たに支配者となり得る者が判明すれば、その者にも通知を送ってさらなる調査をし、確認された情報に基づいて記録簿を作成するという流れになります。

なお、通知の送付後、当該会社が全ての事項に対する回答を通知の名宛人から受領する義務があるかまでは明確に定められていませんが、通知を受けた者には回答義務が生じ、違反に対しては会社法上の罰則が定められています。

(2) 手続きにかかる実務面での注意事項

改正法の施行前に設立された会社においては、施行日より60日以内、すなわち2017年5月30日までに記録簿の整備をする義務が定められています(施行後設立の場合は設立より30日以内)。したがって、既存の会社や外国会社(支店)においては本稿執筆の時点(2017年8月)では既に対応済みでなければならないものです。

改正法施行以降に設立される会社等における注意点としては、設立段階でのノミニー居住取締役がいる場合の対応、および設立直後の組織変更に伴う記録簿の更新、たとえば、エンプロイメント・パスの承認後に行われることが多い取締役の増員や入替え、発起株式の譲渡、増資に伴う新規の株主の参入等が挙げられます。設立の段階で、25%以上の保有割合を有する株主(法人の場合さらにその上位の支配者となるであろう者が判明していればその者も含む)及び設立時の各取締役に対する通知については、設立と併行して準備することはもとより、このような設立直後に行われることが多い変更事項にに伴う支配者記録簿の更新についても、法定の期日に間に合うように、予め準備を行っておくべきです。もちろん、いずれの会社においても、設立直後でなくても、任期満了に伴う取締役の辞任、新任等の様々な変更があり、それに対応しなければならない場面が想定されます。

具体的には、初回調査に基づいて記録された情報に変更が生じた場合は、記録簿に記載された支配者が、当該会社または外国会社に対して、変更から30日以内に届出る義務があると共に、会社も、当該変更が生じた事実またはその可能性を知りかつ支配者等からの変更届出を受けていない場合は、変更を知った日あるいは合理的に知りうるべき日から30日以内に、該当する支配者に対して通知し、変更の有無や変更内容等所定の事項について当該支配者に確認し、回答を受領した場合はその受領日から2日以内に登録簿を更新することが必要です。

上記のように、法令上、30日内の通知、および、回答受領から2日以内という速やかな記録化が求められている以上、余裕を持って通知を送ることはもちろん、会社が通知を送る際には、通知義務の履行を証拠化するために、通知の受領書や配達証明書を保管するよう注意すべきです。このような業務は会社のマネージメントが、当該会社等のカンパニー・セクレタリー(秘書役、登記された必要的機関)と連携しながら行う必要のあるものです。

最後に、特に調査の対象となる方が日本人・日本企業であれば、シンガポール法のコンプライアンス対応には不慣れである可能性が高いものと思われることからすると、早期に適切な回答を得るためには、会社の担当者も法令の内容を理解し、通知の名宛人に対して適切な説明を行うことが必要になると考えられます。

(日本語版執筆)中川真理子(パートナー弁護士・デントンズ・ロダイク法律事務所)柿平宏明(日本法弁護士・弁護士法人中央総合法律事務所より2017年8月まで出向)

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